乳酸は本当に疲労物質?

もう限界!乳酸が溜まって脚が止まった…
サイクリストなら一度は聞いたことがあるセリフですね。実際、乳酸=疲労物質というイメージは根強く、ヒルクライムなどで脚が言うことをきかなくなると、つい「乳酸がたまった!」と叫びたくなります。しかし、この常識が実は間違っているという話を、最近よく耳にするようになりました。
なぜ乳酸が疲労物質だと思われてきたのか?
①激しい運動で「痛み/張り」を感じるタイミング
急激なペースアップや長めのダッシュ後、筋肉がピリピリ張る感触。これを乳酸=疲労のせいと単純に結びつけてきた。
②教科書の図解イメージ
「グルコース→乳酸→疲労」とざっくり描かれた模式図が、まるで乳酸が“疲労ゴミ”扱いされているかのよう。
③商品のCMやコピー
「疲労物質“乳酸”を速攻除去!」みたいな謳い文句に煽られ、「乳酸=悪者」のイメージが刷り込まれてきた。
これらが複合して、乳酸が「筋肉の疲労ゴミ」かのように誤解されてきた感じでしょうか。
乳酸は実はエネルギー源?
最新の研究では、乳酸は疲労物質どころかなんと有力なエネルギー源として重要視されています。
①乳酸シャトル仮説
乳酸は筋肉でつくられた後、血液に乗って心臓や脳、ほかの筋肉へ運ばれ、そこで再び燃やされる。
②クロスカントリースキーの実験
腕で生まれた乳酸が脚でエネルギーとして使われる様子が観測され、まさに体内での「乳酸グルグル大作戦」が証明された。つまり、乳酸は「悪役」ではなく、身体中を巡る“燃料トラック”という存在。
乳酸がエネルギー源として使われるプロセスとは?
①乳酸の産生
筋細胞内でグルコースが分解されるとき、一部が乳酸に。
②運搬
MCT(モノカルボン酸トランスポーター)が乳酸を血液へと送り出し、全身を巡回。
③取り込み&酸化
心臓や他の筋肉に運ばれた乳酸は、再びピルビン酸に戻り、ミトコンドリアで「燃焼」。
④エネルギー生産
最終的にATP(アデノシン三リン酸)が合成され、パワーの源になる。
乳酸エネルギーサイクルはずっと繰り返せるの?
乳酸シャトルのサイクル自体は、運動中ずっと繰り返すことが可能です。イメージとしては…
①筋肉で乳酸をつくる
②血液で運ぶ
③別の組織(心臓や他の筋肉、肝臓など)で再利用・酸化
④また乳酸がつくられる
というループを、身体中で行ったり来たりしているわけです。では枯渇しないのか?
乳酸そのものは“枯渇”せず、つねにグルコースや脂肪酸からエネルギーを作るたびに乳酸が産生されるので、乳酸が底をつくことはありません。ただし、「産生>処理」になると“蓄積”してしまいます。乳酸の処理(シャトルや肝臓での再合成)が追いつかなくなると、血中乳酸濃度が上昇し、疲労感やパフォーマンス低下を招きます。
・疲労の“本当の枯渇点”は他にある
・筋グリコーゲンの枯渇
・脱水や電解質バランスの崩れ
・中枢疲労(脳の信号伝達の低下)
など、乳酸以上に大きな要因で終わりを迎えます。
乳酸シャトル能力の高い選手は補給さえしていれば高強度を継続できる?
高い乳酸シャトル能力があって、しかもエネルギー補給をしっかり行えば、高強度運動をより長く維持しやすくなります。例えば、ポガチャルが強いのは、まさにこの“乳酸くんのリサイクル”を最大限に活かしつつ、補給やペーシングを完璧にコントロールしているからとのこと。なぜ継続しやすいのか?
①乳酸処理力が高い
産生された乳酸を素早く取り込んで燃料に回せるので、脚がズキズキ張りにくい。
②ミトコンドリア密度&MCT発現の高さ
ミトコンドリア(発電所)とMCT(輸送トラック)が多いほど、シャトル能力はアップ。
③絶妙なエネルギー補給
レース中に糖質や電解質を適量ずつタイミングよく入れて、筋グリコーゲンと血糖を安定させる。
④ペーシング&チーム戦術
「今日の乳酸生成量」を想定しながら走るので、必要以上に乳酸を溜めずに効率的に出力をコントロールできる。
ポガチャルの卓越した乳酸クリアランス
ポガチャルの卓越した乳酸クリアランス(=シャトル能力)は、実際に複数の信頼できる情報源で取り上げられています。
①UAEのコーチインタビュー
「ポガチャルの乳酸クリアランス能力はこれまで見た中でも群を抜いている。多くの選手がクリアまで20分かかるところを、彼はわずか2分で正常値に戻せる」
②自転車専門誌のインタビュー記事
「ポガチャルのミトコンドリア機能は“ファットも乳酸も燃やせる”ほど高く、乳酸をリサイクル燃料として再利用する能力は驚異的だ」
まとめ
・乳酸シャトルは運動中ずっと回り続ける仕組み。
・乳酸自体は枯渇しないが、産生が処理を上回ると濃度が上がって「苦しさ」を感じる。
・実際に終わりを告げるのは、グリコーゲンや体液バランス、神経系の疲労など、ほかの要因。
要は、乳酸はずっと「リサイクル」される燃料で、サイクリストを止めるのは乳酸ではなく他の“燃料切れ”や身体の悲鳴だったということです。