大会ヒストリー

1996

1st TOUR OF JAPAN

(5月18日〜26日)

ドゥラカが修善寺の山岳で
今中を封じ込めて初代王者に

第1回大会の様子前年まで開催されていた国際サイクルロードレースがUCI(国際自転車競技連合)公認大会となり、ツアー・オブ・ジャパンとその名を一新。第1回大会はプロローグと6ステージで争われた。海外チームはナショナルチームによる編成で、国内外の総勢90選手がスタート。初日の2.5kmタイムトライアルを制したのが、アコム・ラバネロに所属するスイス選手、ローラン・ミューラー。ミューラーは総合トップのジャージを獲得すると、続く大阪ステージでも首位を守ったが、鈴鹿でイタリアのエマヌエレ・ネグリーニにトップの座を譲った。富士では8人がアタックを決め、この中からジャンフィリップ・ドゥラカが総合トップに。勝負どころの修善寺でドゥラカは今中大介らと逃げを決め、今中にステージ勝利を譲るもののリーダージャージを死守。宇都宮、東京とフランスチームのアシストを受けてライバルの反撃を封じ込め、初代総合優勝者となった。

【ステージ優勝】
プロローグ 2.5km[TT] ローラン・ミューラー(アコム・ラバネロ) 3:02
大阪ステージ 140.8km エマヌエレ・ネグリーニ(イタリア) 2:59:25
鈴鹿ステージ 140.736km オリビエ・ウブラール(フランス) 3:08:17
富士ステージ 134.1km デピット・ルファーブル(フランス) 3:08:35
修善寺ステージ 136km 今中大介(日本プロサイクリスト協会) 4:13:00
       敢闘賞 ネーザン・オニール(オーストラリア)
宇都宮ステージ 154.5km ネーザン・オニール(オーストラリア) 4:17:12
       敢闘賞 ロバート・ドゥプール(MBKヤマハ・あづみのPi)
東京ステージ 154.22km バーデン・バルク(オーストラリア) 3:38:21
【個人総合順位】
1位 ジャンフィリップ・ドゥラカ(フランス) 21:28:38
2位 デピット・ルファーブル(フランス) +8
3位 今中大介(日本プロサイクリスト協会) +39
このページの先頭へ
1997

2nd TOUR OF JAPAN

(5月11日〜18日)

日本版ツール・ド・フランスへ。
ボウエンが組織力を擁して初優勝

第2回大会の様子大会の重要度を示すカテゴリーが1ランク上がり、第4クラスとなったツアー・オブ・ジャパンは、移動日を含んで8日間、全6ステージでの戦いとなった。さらにトレードチームと呼ばれる欧米のプロチームが参加するようになり、大会ステータスはこの年、飛躍的にグレードアップした。レースは初日の大阪ステージでスプリンターのジェイ・スウィートが圧勝。しかしリーダージャージは鈴鹿でドイツのグリッシャ・ニールマンに、そして勝負どころの修善寺を制したバート・ボウエンに移った。ボウエンを擁するアメリカのサターンチームは、鉄壁のアシスト態勢をしいて後半の山岳ステージ、宇都宮へ。アシスト陣の援護を受けたボウエンは、タイム差なしの2位に入って個人総合優勝を確定的にした。最終日の東京ステージは事実上の凱旋パレードとなった。

【ステージ優勝】
大阪ステージ 140.8km ジェイ・スウィート(ZVVZ) 3:03:06
鈴鹿ステージ 146.6km ブレット・デニス(ZVVZ) 3:26:04
修善寺ステージ 136km バート・ボウエン(サターン) 4:02:47
富士ステージ 134.1km フランク・モレール(ブリヂストン) 3:04:37
宇都宮ステージ 154.5km ピョートル・ワデツキ(ムロズ) 4:12:04
東京ステージ 147.2km ジェイ・スウィート(ZVVZ) 3:35:22
【個人総合順位】
1位 バート・ボウエン(サターン) 21:23:00
2位 リカルド・フェラーリ(日本鋪道) +1:17
3位 ピーター・ロジャース(ZVVZ) +1:52
このページの先頭へ
1998

3rd TOUR OF JAPAN

(5月17日〜24日)

ボウエンからマコーマックにエースを
チェンジしたサターンチームが圧勝

第3回大会の様子第3回ツアー・オブ・ジャパンには、前年の覇者バート・ボウエンが登場。個人総合の連覇をねらって挑んだ初日の大阪ステージでは、チームメートのマイケル・マッカーシーが制して、サターンチームとしては幸先のいいスタートを切った。リーダージャージを着たマッカーシーは鈴鹿も難なくそれを守り、山岳ステージでボウエンに譲ると予想され、ライバルチームの誰もがボウエンをマーク。ところがサターンは、ボウエンを集団の中に温存させ、アシスト役のフランク・マコーマックをアタックさせるといった戦法を取った。ライバルチームがボウエンをマークしているすきに、マコーマックは独走勝利を決め、総合成績でも一躍トップに立った。サターンチームとしてはチーム内から総合優勝者を出すことが唯一の目標だったのだ。マコーマックはそのまま最終ステージまで逃げ切るが、まさにチーム戦略の重要さを見せつけた勝利だった。

【ステージ優勝】
大阪ステージ 140.8km マイケル・マッカーシー(サターン) 3:09:10
鈴鹿ステージ 146.6km マルクス・ユーングクイスト(カンティナトッロ) 3:28:31
修善寺ステージ 136km フランク・マコーマック(サターン) 4:06:57
富士ステージ 134.1km エリック・ポティロン(日本鋪道) 3:13:19
宇都宮ステージ 154.5km クリスチャン・ウェグマン(ディコンチネンタレ) 4:05:40
東京ステージ 147.2km マイケル・マッカーシー(サターン) 3:28:24
【個人総合順位】
1位 フランク・マコーマック(サターン) 21:35:21
2位 ヤロスラフ・ビレク(ZVVZ-DLD) +2:15
3位 アンドレアス・ワルツァー(ディコンチネンタレ) +2:19
このページの先頭へ
1999

4th TOUR OF JAPAN

(5月16日〜23日)

初登場の奈良を制したシピカウスキが
東京までグリーンジャージを死守

第4回大会の様子鈴鹿に変わって奈良、富士に変わって茂木が加わったこの年、イタリアから強豪チームのカンティナトッロとポルティが来日し、ハイレベルな争いとなった。大阪ではスプリンターのモレノ・ディビアゼが勝利して、リーダージャージを手中にするが、翌日の奈良でステージ勝利したムロズのアンドレ・シピカウスキに総合トップは変わっていく。ムロズチームは勝負どころの修善寺、宇都宮と鉄壁のアシスト態勢でシピカウスキを援護し、わずか4秒差で逃げ切った。宇都宮ステージでプロ初勝利を挙げたカンティナトッロのジャンパオロ・モンディニは、2カ月後のツール・ド・フランスでステージ優勝して、スター選手の仲間入りを果たした。そのときにツアー・オブ・ジャパンのIDカードをお守りにして持ち歩いていたことも報道された。ムロズチームはシピカウスキを最後まで援護し続け、エースを総合優勝に導いた。

【ステージ優勝】
大阪ステージ 140.8km モレノ・ディビアゼ(カンティナトッロ) 3:01:09
奈良ステージ 146.75km アンドレ・シピカウスキ(ムロズ) 3:52:38
修善寺ステージ 146.4km ニック・ゲーツ(ディコンチネンタレ) 4:33:06
茂木ステージ 153.36km グレーム・ミラー(ニュージーランド) 3:45:28
宇都宮ステージ 151.3km ジャンパオロ・モンディニ(カンティナトッロ) 4:16:01
東京ステージ 147.2km ブライアン・ウォルトン(サターン) 3:16:59
【個人総合順位】
1位 アンドレ・シピカウスキ(ムロズ) 22:54:51
2位 デニス・ルンギ(チームポルティ) +3
3位 ニック・ゲーツ(ディコンチネンタレ) +4
このページの先頭へ
2000

5th TOUR OF JAPAN

(5月21日〜28日)

クラシックを得意とするジャネッティが
ステージレースで初優勝をゲット

第5回大会の様子伝統あるワンデーレースをシリーズ化したワールドカップで通算3勝を挙げているビーニカルディローラのマウロ・ジャネッティ、ツール・ド・フランスのシャンゼリゼを制したアレクシアアルミニオのニコラ・ミナリが来日。レースはポーランドのムロズチームが4ステージで勝利する。奈良ステージを制したピョートル・ワデツキは、後にポーランドのエースとしてメジャー大会でも活躍するようになる。レースはムロズ勢の攻撃をかわし、最も過酷な修善寺で独走を決めたジャネッティが総合優勝を決めた。最終日の東京ステージでは、ジャネッティがクラッシュして大きく遅れるものの、ライバルチームがスピードを制御して集団に復帰するのを待つというスポーツマンシップも演じられた。数々の戦歴を誇るジャネッティだが、ステージレースでの総合優勝を達成したのは初めてだと喜びを爆発させた。

【ステージ優勝】
大阪ステージ 140.8km ヤツセック・ミツケビッチ(ムロズ) 3:00:51
奈良ステージ 146.2km ピョートル・ワデツキ(ムロズ) 3:53:10
修善寺ステージ 122km マウロ・ジャネッティ(ビーニカルディローラ) 3:34:00
茂木ステージ 153.36km グレーム・ミラー(ニュージーランド) 3:38:00
宇都宮ステージ 151.3km ガジメシュ・スタフィエイ(ムロズ) 4:00:16
東京ステージ 155.1km ブライアン・ウォルトン(サターン) 3:33:00
【個人総合順位】
1位 マウロ・ジャネッティ(ビーニカルディローラ) 21:41:08
2位 ピョートル・ワデツキ(ムロズ) +24
3位 レネ・ハーゼルバッハー(チームゲロルシュタイナー) +40
このページの先頭へ
2001

6th TOUR OF JAPAN

(5月20日〜27日)

ムロズのニエツビエツキが初日から
グリーンジャージを独占して優勝

第6回大会の様子このツアー・オブ・ジャパンを重要視するポーランドのムロズチームが、初日から鉄壁の作戦を仕掛けてきた。強力なチームメートの援護を受けて、スプリンターのパベル・ニエツビエツキが大阪ステージで優勝。リーダージャージを獲得した。続く奈良ステージは、アップダウンのあるコースにも関わらず、大ベテランのスプリンター、グレーム・ミラーが優勝。この日も首位をキープしたニエツビエツキは、移動日をはさんで行われる最難関の修善寺ステージを最大の勝負どころとにらんでいた。その修善寺ステージは、土砂降りの雨が降りつける悪天候にたたられ、タッコーニスポーツのパトリック・カルカーニが優勝したが、ニエツビエツキが堅実な走りでゴールし、グリーンジャージを死守。そのまま東京まで逃げ切ることになる。日本勢は21秒差の4位に橋川健が食い込んだ。

【ステージ優勝】
大阪ステージ 140.8km パベル・ニエツビエツキ(ムロズ) 3:01:54
奈良ステージ 127.6km グレーム・ミラー(ニュージーランド) 3:07:24
修善寺ステージ 122km パトリック・カルカーニ(タッコーニスポーツ) 3:52:15
茂木ステージ 153.36km カジメシュ・スタフィエイ(ムロズ) 3:39:41
宇都宮ステージ 154.5km ラルス・トイテンベルク(リジダ) 4:07:47
東京ステージ 155.1km グラム・ブラウン(オーストラリア) 3:30:36
【個人総合順位】
1位 パベル・ニエツビエツキ(ムロズ) 21:22:37
2位 ピエトロ・ズッコーニ(タッコーニスポーツ) +21
3位 スコット・デイビス(オーストラリア) +21
このページの先頭へ
2002

7th TOUR OF JAPAN

(5月19日〜26日)

最終日の東京でクリミエンコ逆転優勝。
日本の福島と鈴木がステージ優勝!

第7回大会の様子総合トップは大阪でヤン・ホールダイク、奈良で連覇をねらったパベル・ニエツビエツキ、修善寺でベルト・スケアリンクス、宇都宮でシモーネ・モーリとめまぐるしく変わった。平坦ステージの東京でのタイム差はつきにくいことから、このままモーリの優勝かと思われたが、最終日にムロズ勢が攻撃を仕掛けてきたことでモーリが先頭集団から脱落し、アレクサンダー・クリミエンコが逆転で総合優勝を決めた。6区間で5人が緑色のリーダージャージを奪い合うという大激戦が展開されたのだ。宇都宮ではブリヂストン・アンカーの福島晋一が3選手によるゴールスプリントを制して初優勝。日本勢のステージ勝利は、第1回で今中大介が記録して以来6年ぶり2回目。さらに東京ではシマノの鈴木真理がゴール勝負で優勝。翌年への可能性を残すフィナーレだった。

【ステージ優勝】
大阪ステージ 140.8km ヤン・ホールダイク(アクサ・VVZ) 2:57:09
奈良ステージ 146.2km ベルト・スケアリンクス(RDMフランダース) 3:49:40
修善寺ステージ 120km アレクサンダー・クリミエンコ(ムロズ) 3:29:56
茂木ステージ 148.56km シュテファン・ガンゼール(コムネット) 3:31:10
宇都宮ステージ 154.5km 福島晋一(ブリヂストン・アンカー) 4:12:04
東京ステージ 155.1km 鈴木真理(シマノ) 3:30:24
【個人総合順位】
1位 アレクサンダー・クリミエンコ(ムロズ) 21:31:36
2位 シモーネ・モーリ(ジュラスイス) +26
3位 ベルト・スケアリンクス(RDMフランダース) +34
このページの先頭へ
2004

8th TOUR OF JAPAN

(5月23日〜30日)

ブリヂストンの福島晋一が
日本勢として初の総合優勝を達成

第8回大会の様子日本勢が主導権を握った戦いが繰り広げられた。奈良で3人が抜け出し、ゴール前で別府匠が福島晋一、廣瀬敏に競り勝って初のステージ優勝を飾り、日本勢として初めての総合1位に。最難関の修善寺でもライバルチームの攻撃を封じ込め、区間5位でゴールした別府がリーダージャージを死守した。そして最後の決戦の舞台となる宇都宮へ。首位の別府と2秒差の福島はこの日、スタート直後から勝負を仕掛けた。他の有力選手も攻撃を仕掛け、愛三工業のアシスト陣は連日のハードワークを余儀なくされ、力が尽き果てて脱落していく。別府のアシストは早い機会からなくなり、自らも全力で集団の先頭を走るしかなかった。結局区間1位と同タイムの3位に入った福島が総合成績で別府を逆転してトップに立った。最終日の東京はブリヂストンチームが完璧なアシストをこなし、日本勢初の総合優勝を福島が達成した。

【ステージ優勝】
大阪ステージ 96.8km マリウス・ヴィズィアック(チームNIPPO) 2:09:23
奈良ステージ 146.2km 別府匠(愛三工業) 3:02:10
修善寺ステージ 120km ドーピング違反により抹消
茂木ステージ 148.56km アンドレ・シュルツ(VCフランクフルト) 3:35:36
宇都宮ステージ 154.5km ドーピング違反により抹消
東京ステージ 149.1km ステファノ・グエリーニ(チームNIPPO) 3:25:50
【個人総合順位】
1位 福島晋一(ブリヂストン・アンカー) 20:07:56
2位 ドーピング違反により抹消
3位 クリスティアン・ホイレ(マカンディナ) +15
このページの先頭へ
2005

9th TOUR OF JAPAN

(5月15日〜22日)

山岳スペシャリストのカルデナスが
難関の飯田と伊豆を制して総合優勝

第9回大会の様子全コースが公道となった大会は、飯田ステージの終盤にカザフスタン勢2人と逃げたフェリックス・カルデナスが残り2kmで単独となり、そのままゴールまで逃げ切る。個人総合でも首位に躍り出た。この年の注目は富士山に上る個人タイムトライアル。急勾配の上り坂に85選手が挑み、アンドレイ・ミズロフがトップタイムで優勝した。カルデナスは区間2位で、タイム差を詰められながらも首位を守った。日本勢は山岳を得意とする狩野智也が総合7位に浮上した。その狩野が最後の山岳となる伊豆ステージでアタック。ブリヂストンの福島晋一と田代恭崇、パラファームの黄金宝とともに第1集団を形成した。しかしカルデナスを擁するバルロワールド勢が第2集団の先頭に立ってペースアップ。次第にその差を縮めて吸収に成功。最後はゴール手前の上り坂でカルデナスがアタックしてトップフィニッシュした。カルデナスは個人総合優勝するとともに、ポイント賞、山岳賞も獲得。「ステージレースで総合優勝したことはあるけど、すべての賞を総ナメにしたのは初めて」とカルデナス。

【ステージ優勝】
大阪ステージ 140.8km マシュー・ゴス(オーストラリア) 3:01:58
奈良ステージ 146.2km デビッド・マッケンジー(ウィズミラック) 3:48:05
南信州ステージ 155.3km フェリックス・カルデナス(バルロワールド) 4:12:01
富士山ステージ 11.4km[TT] アンドレイ・ミズロフ(カペック) 40:27
伊豆ステージ 130.35km フェリックス・カルデナス(バルロワールド) 3:37:47
東京ステージ 148.5km ニコラス・サンダーソン(オーストラリア) 3:16:18
【個人総合順位】
1位 フェリックス・カルデナス(バルロワールド) 18:37:04
2位 アンドレイ・ミズロフ(カペック) +1:16
3位 マッテオ・カッラーラ(バルロワールド) +2:18
このページの先頭へ
2006

10th TOUR OF JAPAN

(5月14日〜21日)

ウクライナのデュマが鉄壁のアシスト陣の
援護を受けて東京まで逃げ切る

第10回大会の様子10回目の開催となる大会は初日の大阪で「アジアの虎」というニックネームを持つホンコン・チャイナの黄金宝がゴール勝負を制して優勝し、そのままリーダージャージを着用した。翌日の奈良ステージではウラジミール・デュマが抜け出して区間優勝するとともに、総合成績で貴を逆転してトップに立った。南信州でもデュマのアシスト役であるディヌッチが、与えられた役割をきちんとこなした上でステージ勝利した。日本勢は富士山での山岳タイムトライアルで浮上した狩野智也が、翌日の伊豆でも積極的な走りを展開して区間2位に。最終的に日本勢最高の総合4位で東京にゴールするが、悲願の初優勝は手中にできなかった。デュマはベロフォシクスらチームメートが鉄壁のアシストをして東京ステージまでグリーンジャージを守り切った。山岳賞はオーガスティン、ポイント賞は鈴木真理が最終日の中間スプリントポイントをことごとくトップ通過して逆転で獲得した。

【ステージ優勝】
大阪ステージ 140.8km 黄金宝(ホンコンチーム) 3:06:18
奈良ステージ 146.2km ウラジミール・デュマ(ユニバーサルカフェ) 3:52:16
南信州ステージ 155.3km ダニエレ・ディヌッチ(ユニバーサルカフェ) 4:11:17
富士山ステージ 11.4km[TT] ジョンリー・オーガスティン(コニカミノルタ) 40:56
伊豆ステージ 110.48km マシュー・ロイド(サウスオーストラリアドットコム) 3:12:26
東京ステージ 148.9km ライビス・ベロフォシクス(ユニバーサルカフェ) 3:09:06
【個人総合順位】
1位 ウラジミール・デュマ(ユニバーサルカフェ) 18:15:045
2位 ジョンリー・オーガスティン(コニカミノルタ) +16
3位 アンドレイ・ミズロフ(カペック) +1:09
このページの先頭へ
2007

11th TOUR OF JAPAN

(5月20日〜5月27日)

NIPPOの宮澤と新城かステージ優勝。
F・マシャレッリが総合優勝を決める

第11回大会の様子スタートの会場となった大阪ステージは快晴に恵まれた。この第1ステージで優勝を飾ったのはNIPPO・梅丹の宮澤崇史。2位にはアシスト役の新城幸也が入り、日本選手がワンツーフィニッシュを飾った。続く奈良ステージはアタック合戦が続き、スプリンターのイグリスキーが優勝した。今大会で新たなステージに加わった美濃ステージでは宮澤が落車したものの、1位のF・マシャレッリに続き2位には新城が入った。南信州ステージでは柿沼章、南アフリカのハルマン・フーチーと逃げた福島康司が山岳賞を獲得。イグリスキーが2勝目を挙げるとともに総合1位に浮上。続く富士山ステージは雨が降り、強風が吹き荒れる中で行われた。個人TTを制したのはF・マシャレッリ、2位に2分以上差をつけて総合1位に上がる。東京ステージでマシャレッリはそのまま逃げ切り総合優勝。そして、新城がステージ初優勝を遂げた。山岳賞はディアチェンコ、ポイント賞はイグリスキーが獲得した。

【ステージ優勝】
大阪ステージ 140.8km 宮澤崇史(NIPPO・梅丹) 2:59:27
奈良ステージ 146.2km バレンティン・イグリスキー(カザフスタン) 3:44:12
美濃ステージ 164.7km フランチェジスコ・マシャレッリ(アクアサポーネ) 4:02:59
信州ステージ 155.3km バレンティン・イグリスキー(カザスタン) 4:17:09
富士ステージ 11.4km[TT] フランチェスコ・マシャレッリ(アクアサポーネ) 0:41:38
伊豆ステージ 128.5km クリス・フルーム(コニカミノルタ) 3:52:26
東京ステージ 148.9km 新城幸也(NIPPO・梅丹) 3:08:24
【個人総合順位】
1位 フランチェスコ・マシャレッリ(アクアサポーネ) 22:47:16
2位 バレンティン・イグリスキー(カザフスタン) +1:57
3位 アレクサンドル・ディアチェンコ(カザフスタン) +2:24
このページのトップへ

ディレクトリーナビゲーション